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壽初新春大歌舞伎
文╱池畑裕介
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そろそろクリスマスが近くなり、町のイルミネーションも華やかになってきている。ジングルベルというクリスマスの定番ソングがあるが、このジングルベルを文字って、「独身者」を意味する英語"single"をかけた和製英語「シングルベル」という言葉がある。つまり、クリスマスやクリスマスイブを一人で過ごすことをさしている。

speaker
池畑 裕介老師

日本語教師養成班
OPI日本語-口語能力檢定
日語超級主題會話班
熊男的日語會話世界
日語檢定班
電玩日語通

タイトルは以前見に行った歌舞伎のタイトルから取りました。日本では1月に必ず、歌舞伎の初公演があります。歌舞伎は外国人にも開放されており、英語・中国語の翻訳もあります。また、歌舞伎の雰囲気が日本独特のものなので、外国人観光客でも楽しめるようになっています。


さて、今回は歌舞伎の歴史を見ていきたいと思います。歌舞伎はどのようにして発展をしてきたのでしょうか。


現在、歌舞伎の舞台は男性の役者のみで行われています。子役は女の子が舞台に立つ場合もありますが、大変希なケースです。


歌舞伎の始まりは、今から400年以上前、徳川家康の時代です。安土桃山から江戸時代に移る時、西(秀吉方)と東(徳川方)を分ける大きな戦いがあり、秀吉に仕えた豊臣家の残党(落武者)や、仕事もなく路頭に迷っていた者がたくさんいたと言います。


その混乱の中、最先端をいく超派手な衣装や髪型で街を闊歩(かっぽ)し、ケンカ・乱暴・盗みなどの限りを尽くし、世間に背き破天荒(はてんこう)に生きる男たちが出現しました。今風に言うと“ロックな生き方”と言えるかも知れません。


このようなロックな行為を「傾く(かぶく・かたぶく)」といい、そのロック名生き方をしている人を「傾き者(かぶきもの)」と呼んでいました。


そんなとき、徳川家康が江戸に幕府を開いた1603年、出雲大社の巫女と称する「出雲の阿国(いづものおくに)」という踊り子が京の都に出現します。出雲から来たアイドル・阿国の踊りは、京都の人のこころをがっちり掴みます。


特に人気の演目は、先ほどの「傾き者」の男性を女性の阿国が扮して踊った「かぶき踊り」でした。当時の世相をいち早く反映させて演目に取り入れ、若い女性が男性を演じるというアイデアが大当たりしました。


阿国人気に便乗し、遊女らによる女一座(女の劇団)が次々できました。女性によって演じられたかぶき踊りは「女歌舞伎」と呼ばれるようになり、大ブームが起こります。しかし、阿国を真似てできた遊女一座の女歌舞伎の中には、ストリップ(服を脱いでヌードになるショー)まがいの際どい演目を行なうものもでてきました。


また、この人気の影響で遊女を巡ったトラブルや淫らな事件が多発し、徳川幕府は武家社会の風俗を乱すと、1629年女歌舞伎を禁止します。


女がダメなら男でと、しかも美少年でという少年一座が出来ました。今で言うジャニーズのような若い青年が女を演じた「若衆歌舞伎」というものが生まれました。しかし、この時代は少年も性の対象だったため(特にハイクラスの人に対して)、女歌舞伎と同じく風紀を乱すという理由で、禁止になります。


しかし、その流れは消えることなく、次に成人男性による「野郎歌舞伎」の時代が来たのです。美少年が女役を演じた和歌集歌舞伎は、元々美しい容姿のひとが演じているので特に違和感はありませんでした。その後、発展した「野郎歌舞伎」は容姿の美しさではなく、技術・演技などで女を演じる「女形(おやま・おんながた)」というものが表れ、技術・演技を磨いていき現在にいたっています。宝塚は女性が男性を演じますが、歌舞伎は逆。手足のしなやかな使い方、仕草、腰つきなどを見ると完全に女性ですが、化粧をとったら「えっ?ただのおっさん?」という人もいます。舞台では女性になりきり、技術で女性を演じているわけですね。



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